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cutting the moment on the globe

diversity

飛行機の中には様々な人がいる。

今日僕はビジネススーツを着ているが少数派だ。ジャージを着ている人もいれば、寒くないのかTシャツ姿の猛者もいる。人種も言葉も年齢構成も様々。それなのに機内で会話をすることは結構ある。

日本の電車の中ではビジネススーツの人が多い。みんな揃って似たような格好をして、同じ言葉を話すのに、どこかよそよそしい気がする。ほとんどの人が干渉されることを嫌うようにスマートフォンをいじっている。電車内で知らない人と会話することはほとんどない。

我々は協調性があると言われるが、本当にそうなのだろうか?と思う。みんなで同じ格好をしていれば、文句は言われない。それは協調をすることとは全く異なる。協調とは、他人との違いを認めた上で共に歩むことだと思うのだが、日本の場合は同じ型に嵌まることを強要する。そしてその型からはみ出たものを排除しようとする。これは協調性とは対極に位置するものではないのだろうか。同調の強要、我々はそれに対する耐性が強いだけなのではないか。

この日本人の特性は、企業や軍隊では大きな利点を発揮するかもしれない。全員で同じ目的に向かって邁進することができるからだ。一方で個人個人が幸せを感じるのは難しいのではないだろうか。特に現在のように経済の伸び代がなくなってきてしまうとなおさら…。

余裕のある生活をするために、政府は祝日を増やし、早く仕事を切り上げる日を設定したりしている。この考え方がとても日本的だと思う。なぜみんなで同じ日に休み、早く帰らなければならないのか。個人の必要性に応じて自由に休み、労働時間をコントロールすればよいのではないか。それができないなら、結局個人の幸せに対する感じ方は変わらないだろう。押し付けられたもので幸せを感じるのは難しいのだから。

残念ながら、この同調気質は文化的な軸をとなってしまっていると思う。多様性を受け入れられるようになるためには思い切った変化が必要だろう。観光客としてではなく、同僚・友人として自然に外国の文化と触れる機会を増やすのが一番良い方法だとは思うが、おそらくそんなことは起こらないだろう。外国人を『お客さん』と捉えている現状では、彼らの文化を感じることはできない。

 

words from altitude of 33,000 feet
31st. Mar. 2017.
JL029: Tokyo- Hong Kong